現在、卒FITのメニューが続々と登場してきていますね。まさに群雄割拠の様相を呈しています。4月末の旧一電の買取メニュー発表後は、それに被せてくるように新電力側のセンセーショナルな発表が相次いでいます。とはいえ、フォーカスされているのは「買取単価」となっており、それはまさに価格競争を前面に押し出すかのようです。

ですが、今回はもう少し将来のビジネス、VPPにもスポットライトを当ててみたいと思います。まだ生煮え状態と言って良い卒FITビジネスの発表が盛んに行われている理由が分かってくると思います。


VPP=元気玉



まずは基礎中の基礎、VPP(Virtual Power Plant)とは何か?です。

VPPとは文字そのまま「仮想発電所」と訳されています。何が仮想かといえば、「大きな設備=大規模プラントを持たない」という意味で仮想です。VPPは概念的には、発電=送配電網に電気を流すことができる設備を複数組み合わせて、あたかもひとつの発電所のように見做す技術やサービスの総称です。この解説は他にも多く、さらに詳しく専門的なものが出回っていますので、詳細な解説はそちらに譲りますが、一言で言えばドラゴンボールの「元気玉」です。地球に生けとしものからちょっとずつ元気をもらい、一つの大きなエネルギーにする、ということと同じことを電気でもやろうというコンセプトです。


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では、今なぜVPPが取りざたされているのか?私が従事するエネルギー業界のコンサルティング現場でも、数年前から言葉は聞くものの一向に動きがありませんでしたが、2019年にはいってからは引き合いの数も多くなり、また事業者側の検討の真剣度合いが増しています。それだけこのビジネスに期待が寄せられているということです。

そしてその期待は「分散型電源社会」という上位にある概念が作り出しています。



そもそも分散化型社会とは何か?



分散型電源とは、「比較的小規模で、かつ様々な地域に分散しているエネルギーの総称であり、従来の大規模・集中型エネルギーに対する相対的な概念。」と経産省の総論にも定義されています。


分散化電源 - Google Search


要するに、今まで独占事業であった旧一電が行ってきた垂直統合型のエネルギー管理の手法とは真っ向勝負の、地理的にも、それを管理する事業者も、様々な事業者が入り乱れてのエネルギー管理手法だと言えます。また、この言葉の中には、「需要に合わせて供給を維持する」というエネルギー業界の至上命題もさることながら、「供給側に合わせて需要をコントロールする」という意味も増やしています。これは、従来までの「需要を増やしてちゃんと供給すればビジネスになる」ということに加えて、「需要を減らすこともビジネスになる」という一種のパラダイムシフトが含まれているということです。この要素が入り込んでいることから、これまでの常識とは真逆のことをするがために正確な理解が広がっていない理由でもあります。

このようなパラダイムシフトは、頭文字にDがつくことから「3D」とか、「4D」と呼ばれています。



●Decarbonisation(脱炭素化)
できるだけ二酸化炭素を排出しないエネルギーを利用するということ。RE100や、環境価値取引などが活発になっている所以です。


●Digitalisation(デジタル化)
この業界はヒトが考えているよりもデジタル化は遅れています。これまで垂直統合型であったがために、割り切れない事象を人手で解決できる余力があったからです。ですが、自由化がなされ、さらに分散型電源社会が到来するためには、有象無象の事業者が関与する仕組みが必要で、それには厳格なルールの元に0か1かというデジタルな処理が必要となってきます。


●Decentralisation(分散型電源化)
そしてデジタル化されたあとには、分散型電源社会です。0か1かの制御に支えられ、大量の情報処理を、瞬時に行えます。この大量の情報処理こそが分散型電源社会を支える基盤でもあります。



●Decreasing consumption(省エネ化)
そしてこれらの3つのDに、社会として目指す方向であり、またこれまでの概念ではなかなか想像しにくかった「減らすことがビジネスになる」という、次のD加わり4Dとなります。



それによる送配電事業者の役割・責任の変化は?



やっとビジネスの話にまでたどり着けました(笑)ここまでの説明はだいぶ短くしたつもりですが、それでも退屈な講義のようですよね。お付き合い頂いた皆様ありがとうございます。ここからが本番です。


さて、私は電力自由化、特に法的分離によって最も大変になるのが送配電事業者だと考えています。なぜならば、これまで「安定供給」という至上命題を共に克服してきた他の部門、特に発電部門が、もはや共同体ではなくなり、遠く離れた他事業者の一つとなってきているからです。部門(=本部)は違えど同じ会社の一員であった、発電部門(発電者)はなんだかんだと協力的でしたし、同じ社内であれば、多少の運用ルールのゆるさも、採算性のゆるさも許容された時代が懐かしいほどです。

法的分離によって発電事業者と送配電事業者に分けられたあとは、1対1のビジネス関係になります。そこには契約が発生し、さらに採算性も以前よりもシビアに見られることとなります。それはすなわち、採算に合わない送配電事業者側の要求を発電事業者側が聞いてくれなくなるということです。いくら送配電事業者が安定供給のためにとお願いしてみても、発電事業者も自分の飯も食えなくなるようなことはできないため、結局はマネーによって解決することになります。このように、送配電事業者が責務を追っているものの、実質安定供給の担い手が居なくなるというのが自由競争の先の究極な姿です。(実際はここまでなることは稀ですが)

また、送配電事業者にとって、発電事業者が無償の協力者でなくなるだけではなく、自由競争の中でも相手としての魅力が目減りしていきます。なぜならば、旧一電の小売部門は自由化になればディフェンス一本、守る側であり、それも守りきれるわけではなく、手から砂が溢れるように新電力に需要を取られていってしまうから、結果発電事業者としての販売電力量も減るからです。高圧までしか自由化されていなかった時代と比べても何倍もの需要が取られているわけですから、発電事業者としても、無用の発電所は畳んでいく方に目が向いても仕方ありません。となれば、送配電事業者がいくらお金を積んだところで、動いていない発電所から電気を送ることはできず、安定供給が崩れそうな時に助けを呼んでみても、発電事業者は物理的に送配電事業者へ協力することができなくなっていってしまいます。

このように、送配電事業者は、法的分離により安定供給のため手足をもがれた状態で、今までと同じ、見方によっては今まで以上の役割・責任を果たすことになりますので最も大変になる、と私は考えます。



送配電事業者を助ける側面があるのがVPP



まったくVPPと関係の無い話をしているようで、実はVPPの根っこの部分です。法的分離により手足をもがれた送配電事業者を助ける立場になる、そしてそれは自由化の中では、ビジネスになるというのがVPPの本質です。

あれほど苦楽をともにした発電部門が離れていってしまう法的分離。安定供給という至上命題を守り続けるためには、発電部門に取って代わるパートナーを探そうとします。それが、容量市場であり、需給調整市場です。要するに「同じ会社、同じ目標」という発電事業者が居なくなってしまった今、それに変わる発電事業者を、入札によって探してこようというコンセプトです。

ただ、このご時世に「発電所を作る」という大規模な投資が出来るところは限られ、また投資ができたとしても基本的にはビジネスをおこなうための投資であって、送配電事業者を助けるものではない、という考えが台頭してくるのは必至です。だから、「全部が全部送配電事業者のために働いてもらわなくてもいいけど、もし余ってたら協力して頂戴よ」という発想の元、VPPというものに行き着くわけです。







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